い空洞になって


 井戸には蓋がしてあって、その蓋にも草が生えている。これでは近くから良く見ないことには何なのか全然解らない。僕はただ土を盛ってあるだけだろうと思っていた。土を盛ったようになだらかな形をしているのだから。蓋は木で補core邊度好できている。その上に腐食した草が積もっていてそこに小さな雑草が生えている。

 その草を除けるのはひと苦労だった。蓋の周囲の土や草を除けて思いきり持ち上げた。持ち上げるときゴロが喧しく吠えた。人にあまり知られるとまずいのでゴロに静かにするように叱った。幸い人は誰一人として近くを歩いていない。人家がまったくない処だから人は滅多に通らない。

 蓋を除けて懐中電灯でなかを照らすとそこに水が貯ってるらしく光を反射している。井戸の端から落ちた泥がぽちゃんと音をたてた。中はかなり深いらしい。

 ずっと見ていると、なにか吸い込まれそうな気がしてくる。久しぶりに(たぶん2年ぶりかに)蓋を開けたためか、この井戸は大きしているようだ。その呼吸の音が、微かに感じられる。井戸の下の空洞に、久しぶりに新しい空気が入ったとでもいうようだ。

 ゴロが井戸のなかに落ちた。誤って落ちたのではない。自分から飛び込んだような落ち方だった。まるで井戸のなかに何かがいて、それを追いかけるようにして飛び込んだみたいだ。ゴロが水に落ちた音が長い響きを伴って聞こえた。こんな音響であることは、やっぱりこれは普通の井戸ではない。少女が言ってたように中が広いなければこんな音はしないはずだ。ゴロが水を泳いでいる音がする。そして陸地に上がったのか躰についた水を弾き落とそうと身震いをする音が聞こえる。身震いののち、ゴロは僕に吠えた。それはせっぱつまった吠え方ではなかった。余裕をもったいつもの吠え方だ。少しちがうところと言えばなにかを発見した意味が込められている吠え方だ。やっぱりなにかがあるのだ。少女が行ったように、なにかとんでもない秘密があるらしい。

 僕は持ってきたロープを5mほど離れた処に立っている桜の木に結び付けて井戸を降り始めた。井戸の壁は苔蒸してぬるぬるしていた。この壁に蛇やムカデがいるんじゃないかと思い怖かった。僕が降りてるとき、ゴロは安心したようにくんくんと鼻を鳴らしていた。
PR